› 沖縄も雲の上は青空 › 大事なこと2008年11月12日
レジ袋、マイバッグ
沖縄では10月1日から、スーパーでのレジ袋が有料化された。
今ではほとんどの人がマイバッグを持って買い物に行く。
私も2・3年前からマイバッグを持っていたが、忘れたり、車に入れっぱなしだったりで、実際に利用する機会が少なかった。。
しかし、レジ袋が有料化になったとたん、マイバッグを小さく折りたたんで、カバンに入れて持ち歩くようになり、利用した後もすぐにまたカバンに入れて、と、忘れないように気をつけている。
ところが先日のこと、
牛乳、
卵、
パックの島豆腐
食パン、 を買って、
レジまで来てから、
あいやーーーマイバッグがカバン入ってない!!!
「3円かかりますが、レジ袋に入れますか?」
「いえ大丈夫、私のカバンに入れますから」と、
大して大きくないカバンにそれらの品々を入れた。
家に帰って、カバンから品物を出しながら夫と大笑い。
「食パンと、牛乳も入れるか?」「豆腐も入れるか?」・・・
たぶん、私にとっては、地球温暖化の心配よりも3円の威力の方が大きい!!
その日からマイバッグを2つ、カバンに入れるようになりました。
2008年07月15日
なぜ? は大事
日常生活で疑問に思ったことは「なぜ??」と声に出したほうがいい。
*私が作るブロッコリーは収穫後、2・3日では黄色くなるのに、外国産のはならない。
遠くから日数をかけているはずなのに・・なぜ?
*エコ自動車と、言われている電気自動車。
走るときにCO2は出ないけど、電気を作るときはどうなの?
本当の本当のところ、ガソリンと、電気とどちらが環境に優しいの?
大豆やトーモロコシなど人間の大事な食糧を「地球に優しい燃料にする」為に、飢える人が増えるというこの現実、何か変、おかしい。
廃材や食糧とならない草木からもバイオ燃料は出来ると、以前にtvで放送されていたが、あの後、そんな話題は上がってこない。なぜ?
廃棄物を使ってのリサイクル燃料なら、本当に地球に優しい。
現に、使用済天ぷら油をリサイクルし、それを燃料として走っている車両、それこそ、地球に優しい燃料と車。
エコが、金儲けの道具に使われていると、テレビで言っていたが、地球は誰のもの、私たちの生活はこれからどうなるの?
*私が作るブロッコリーは収穫後、2・3日では黄色くなるのに、外国産のはならない。
遠くから日数をかけているはずなのに・・なぜ?
*エコ自動車と、言われている電気自動車。
走るときにCO2は出ないけど、電気を作るときはどうなの?
本当の本当のところ、ガソリンと、電気とどちらが環境に優しいの?
大豆やトーモロコシなど人間の大事な食糧を「地球に優しい燃料にする」為に、飢える人が増えるというこの現実、何か変、おかしい。
廃材や食糧とならない草木からもバイオ燃料は出来ると、以前にtvで放送されていたが、あの後、そんな話題は上がってこない。なぜ?
廃棄物を使ってのリサイクル燃料なら、本当に地球に優しい。
現に、使用済天ぷら油をリサイクルし、それを燃料として走っている車両、それこそ、地球に優しい燃料と車。
エコが、金儲けの道具に使われていると、テレビで言っていたが、地球は誰のもの、私たちの生活はこれからどうなるの?
2008年07月01日
ニュースのキーワード
昨今のニュースのキーワード
値上げ
世界的な値上げ現象
ガソリン1リットル200円へ
原油値上げ
化学肥料の値上げ率61%
ワーキングプア
生活苦
虐待
派遣社員
社保庁
居酒屋タクシー
天下り
談合に対する罰金○○億円
官庁のムダ使い
消費税引き上げ
県職員のボーナス平均5☆万円
タクシードライバーの給与13万円
後期高齢者医療制度
・・・つづく
値上げ
世界的な値上げ現象
ガソリン1リットル200円へ
原油値上げ
化学肥料の値上げ率61%
ワーキングプア
生活苦
虐待
派遣社員
社保庁
居酒屋タクシー
天下り
談合に対する罰金○○億円
官庁のムダ使い
消費税引き上げ
県職員のボーナス平均5☆万円
タクシードライバーの給与13万円
後期高齢者医療制度
・・・つづく
2008年06月23日
慰霊の日 沖縄の終戦記念日
今日は慰霊の日
糸満市まぶにで福田総理も出席して、慰霊の日の追悼式があった。
沖縄は第二次世界大戦で地上戦が行われ、民間人の4人に1人が死んだという。
私の父の兄弟も戦争で死んだ。
母の父親は爆弾が近くに落ちて、命拾いはしたものの、耳が聞こえなくなった。
昨日も、テレビでは元日本兵だった人の戦争の証言、
民間人の戦争の証言が放映されていた。
決して涙なくしては聞けない惨い内容ばかり。
そして、話す人も悔やむの涙、悲しい涙、恐ろしさの涙。
人間が人間でなくなる戦争を、話すことによって辛い追体験をしているのだろう。。。。
戦争体験者の言葉
「戦争の話はしたくない、なぜなら、戦争の話をしたら、(胸を叩いて)ここが苦しくなって、夜も寝ることが出来なくなるから。」
「しかし、戦争の恐ろしさを話しておかないといけない思って、最近は話すようにしている。戦争は恐ろしいから、絶対にやってはいけない。このことを言わないといけないからね」
糸満市まぶにで福田総理も出席して、慰霊の日の追悼式があった。
沖縄は第二次世界大戦で地上戦が行われ、民間人の4人に1人が死んだという。
私の父の兄弟も戦争で死んだ。
母の父親は爆弾が近くに落ちて、命拾いはしたものの、耳が聞こえなくなった。
昨日も、テレビでは元日本兵だった人の戦争の証言、
民間人の戦争の証言が放映されていた。
決して涙なくしては聞けない惨い内容ばかり。
そして、話す人も悔やむの涙、悲しい涙、恐ろしさの涙。
人間が人間でなくなる戦争を、話すことによって辛い追体験をしているのだろう。。。。
戦争体験者の言葉
「戦争の話はしたくない、なぜなら、戦争の話をしたら、(胸を叩いて)ここが苦しくなって、夜も寝ることが出来なくなるから。」
「しかし、戦争の恐ろしさを話しておかないといけない思って、最近は話すようにしている。戦争は恐ろしいから、絶対にやってはいけない。このことを言わないといけないからね」
2008年06月17日
昔々の記憶
そういえば、私が子供の頃、大所帯だった家の土間で オバーとおばさんと私の母親とで味噌を作っていた。
大きなシンメーナービに大豆を茹でていた。
しかし残念な事に、あの頃の味噌の味や味噌汁の味は記憶にない。
そういえば、あの頃おばさんは島豆腐を作って「高良まち」まで売りに行っていたっけ。
そんな記憶は断片的に残っているだけで、、、、
豆を引く「石臼」があって、時々オバーが大豆を引いていたな。。。
いつ頃から、味噌つくりをやめたのだろう?
豆腐もいつの頃まで売っていたのだろう?
そうだ、あの石臼はどうなったのだろう???
大きなシンメーナービに大豆を茹でていた。
しかし残念な事に、あの頃の味噌の味や味噌汁の味は記憶にない。
そういえば、あの頃おばさんは島豆腐を作って「高良まち」まで売りに行っていたっけ。
そんな記憶は断片的に残っているだけで、、、、
豆を引く「石臼」があって、時々オバーが大豆を引いていたな。。。
いつ頃から、味噌つくりをやめたのだろう?
豆腐もいつの頃まで売っていたのだろう?
そうだ、あの石臼はどうなったのだろう???
2008年01月16日
ムーチーを食べながら
今時珍しい、もち粉100%のムーチー
昔から我が家ではこのムーチーしか作らない。
昨日は、実家で、母親の作ったムーチーを食べながら、
叔父さんらを交えてユンタク。
ムーチーの話しから
今の子供達の食育、
食べ物が贅沢だということから、フィリピンのゴミ山で暮らす子供、
親に捨てられたストリートチルドレンの話、
教科書問題になり、
そして、最後は おじさんたちが実際に体験した
第2次世界大戦、オキナワ編 の話になった。
戦争の時の艦砲射撃と照明弾の話。
沖縄の住民は家族や親戚同士で、昼間、墓や壕に隠れていて
夜になると、外灯など無い、暗い中を、
水を汲みに・食べ物を捜す為に、出歩いたり、隠れ場所を移動したりした。
そんな人々が動いている時、
突然に艦砲射撃が始まった。
突然の爆音と共に沢山のカンポウが落ちてくる。
その一つに 照明弾があって、それが炸裂して、
闇夜が、一瞬に昼間より明るくなった。
照明弾はゆらゆらとゆれながら5分以上もかかってゆっくりと落ちて、その間はずっと明るいまま。
そして、そのまばゆい明るさが消える前に新しい照明弾が打ちあがる。
アメリカ兵らは、いつの間にか、
高台に陣地を作り、
夜になって、照明弾の明かりの中、日本兵・住民の別なく、無差別に一掃射撃をした。
艦砲射撃、照明弾、一掃射撃、そこは地獄だった。
テレビの中や映画でない、ゲームではない、ホントの地獄だった。
当時小学校の低学年だった、おじさんたちも
「戦争の地獄絵は今でも、見えるようだよ」
「あの戦を良く生き残れたものだ。」と。
沢山の人が殺され、死体の山が日常だった戦争。
畑や、道に仕掛けられた地雷。
艦砲の薬きょうが爆発して手足をなくした人。
戦争は映画やテレビや遠い外国の話しではない。
私たち戦後生まれには、想像しか出来ない。
戦後に生まれて良かったと、つくづく感じた。
平和のありがたさをシミジミと感じた。
そして、語り継ぐことの大事さを思った。
「戦後しばらくは、良くヒトダマが見えたよね。」
「あそこのモウからどこそこに向かって、毎日のように何人もでみたよ。」
「しかし、いつからか出なくなったネ、」
「そう言えば、そうだったよネ、」
なんて事を、おじさんらは言い出した。
私「おじさんよ、私たちはこれから夜道を歩いて帰るんだよ」
と、言ったら、
「大丈夫、もう今はヒトダマはいないよ、今の時代は人が怖いんだよ。」
ムーチーを食べながら、
あの話し、この話しと、
話はいつまでも続くのでした。
2007年12月25日
カラオケ―「楽しい」ことの効果
ある人の話。
大病を患い、手術をした。
退院はしたものの、その傷跡が痛い、身体がだるい日々を過ごしていた。
一日中、痛みが気になって何もやる気が起きなくて、かといってダラダラと過ごすと、痛みだけが増長されて辛い。
しかし、身体が重く、何もしたくない。
そんなときに、友人に誘われて行ったカラオケ。
気の会う仲間と、カラオケを歌っている時、すごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。
そして、気がついた。
カラオケを歌っている時、歌った後のしばらくは、
手術あとの傷の痛みが消えていた。
これはもしかしたらカラオケの効果か?
それからひまがあるとカラオケに通い、楽しく歌った。
その内に、痛みが軽くなくっていて、気持ちも明るくなって、
考えも前向きになった。
病気になる数年前から、落ち込むことや不運なことが続いていた。
しかし、気持ちが明るくなったことで、何かが吹っ切れたような気がした。
体調はどんどん良くなって、いろんなことに挑戦できるようになり、
良い事、ラッキーなことが続いた。
家庭の中も明るくなった。
今は身も心もすっかり健康になって、運も幸運ばかりがついてくるようになった。
この源は、 楽しいカラオケの効果だ、と。
その人は、「人生って、楽しいことをしている時、免疫力は上がるし、気持ちも上がるし、能力も発揮される、楽しいことって、とても大事」
を、実感したそうです。
大病を患い、手術をした。
退院はしたものの、その傷跡が痛い、身体がだるい日々を過ごしていた。
一日中、痛みが気になって何もやる気が起きなくて、かといってダラダラと過ごすと、痛みだけが増長されて辛い。
しかし、身体が重く、何もしたくない。
そんなときに、友人に誘われて行ったカラオケ。
気の会う仲間と、カラオケを歌っている時、すごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。
そして、気がついた。
カラオケを歌っている時、歌った後のしばらくは、
手術あとの傷の痛みが消えていた。
これはもしかしたらカラオケの効果か?
それからひまがあるとカラオケに通い、楽しく歌った。
その内に、痛みが軽くなくっていて、気持ちも明るくなって、
考えも前向きになった。
病気になる数年前から、落ち込むことや不運なことが続いていた。
しかし、気持ちが明るくなったことで、何かが吹っ切れたような気がした。
体調はどんどん良くなって、いろんなことに挑戦できるようになり、
良い事、ラッキーなことが続いた。
家庭の中も明るくなった。
今は身も心もすっかり健康になって、運も幸運ばかりがついてくるようになった。
この源は、 楽しいカラオケの効果だ、と。
その人は、「人生って、楽しいことをしている時、免疫力は上がるし、気持ちも上がるし、能力も発揮される、楽しいことって、とても大事」
を、実感したそうです。
2007年12月24日
祝いと忘年会と来年の目標
昨日は合格祝いと忘年会。
気が置けない仲間と、小さな小料理屋さんで、喋って・飲んで・食べて・歌って、楽しかった。
このグループの忘年会だけは絶対に外せない。
年齢も、仕事も、境遇も大学の卒業年度も違うが、大学の○○先生を中心にして磁石で吸い寄せられたように集まった面々。
言いたい放題の気安さ。
しかし必要な時はいつでも助け舟を出してくれる。
いい仲間を持って幸せです。
いくつになっても向上心をもって、目標を持っている人は目がきらきらしている。
忘年会と言うよりも、来年の目標探しの話題で、大いに盛り上がった。
しかし、私はいつも皆の後ろからチョコチョコ着いて行くだけ。
私の来年の目標? ・・・じっくり考えよう。
ところで私がカラオケで歌った、
さそり座の女 なぜかすごく受けました。

あまりにも上手だったからと思っています。
気が置けない仲間と、小さな小料理屋さんで、喋って・飲んで・食べて・歌って、楽しかった。
このグループの忘年会だけは絶対に外せない。
年齢も、仕事も、境遇も大学の卒業年度も違うが、大学の○○先生を中心にして磁石で吸い寄せられたように集まった面々。
言いたい放題の気安さ。
しかし必要な時はいつでも助け舟を出してくれる。
いい仲間を持って幸せです。
いくつになっても向上心をもって、目標を持っている人は目がきらきらしている。
忘年会と言うよりも、来年の目標探しの話題で、大いに盛り上がった。
しかし、私はいつも皆の後ろからチョコチョコ着いて行くだけ。
私の来年の目標? ・・・じっくり考えよう。
ところで私がカラオケで歌った、
さそり座の女 なぜかすごく受けました。


あまりにも上手だったからと思っています。

2007年12月15日
人に喜ばれること
レキオの表紙を飾るサンタの写真と記事。
南城市青年連合会が各戸訪問
うちな~じら~のおニィさんたちが活動の一環として、この時期ボランティアでサンタクロース事業を展開。
ステキな活動ですね。
人に喜ばれて自分も楽しい。
人の心に幸せの思い出を蒔いている。
2007年12月10日
多重債務
ラジオから流れる「ア○ム」のコマーシャル。
「頑張る」「一人ではない」とか、最後の会社名まで聞かなければ
ウン、ウン、なんてつい同調してしまう。
しかし、最後の会社名が「アクマ」に聞こえるのは私だけでしょうか?
私の知合いが、返済が出来なくなって、家にサラ金からの電話が頻繁になって、どうしようもなくなって私に相談に来た。
顔色も悪く、何かに怯えたような表情。
すぐに県の消費生活相談センターに相談したら、
「クレサラ相談室」を紹介してくれた。
電話で予約を入れて、友人と一緒に「クレサラ相談室」に行った。
そこには、ひっきりなしに相談者の電話が入っていた。
そこで、司法書士さんを紹介された。
その頃司法書士の業務に多重債務処理が始まったばかりで、
料金は忘れたが、思ったより安価だったので、
私の知人もすぐにお願いして、
すぐに処理業務を始めてもらった。
後日、知人は、おかげで10年以上、悩んでいた借金が、債務処理のおかげで、お釣りまで来たと、喜びの声。
声も明るくなっていた。
もう2度と借金はしないほうが良いよ、と言ったけど、驚くなかれ、債務処理をした後から、
「借りませんか」と、勧誘や営業の電話やDMが来たそうだ。
***知人の最初の借金が何の為であったか、何が、どうして、借金をするはめになったのか、いまだに話してくれない。***
先日そんな話を同業者にしたところ、
「今、司法書士は多重債務処理景気に湧いていて、今すぐお願いしても、2・3ヶ月待たされるらしいよ」と。
お金は生きていくうえでなくてはならない。
だからと言って、安易に 借金すれば良いさ なんて考えないこと。
しかし、どうしても利用しなければならなくなったとき、
借金の返済で、自分の人生を押しつぶされてはいけない。
何とか解決の方法はある。
一人では情報も狭いが、信頼できる人に相談しよう。
専門家の門を叩いてみて。
しかし、テレビがまだ我が家で映っていた頃、
夜の10時を過ぎると、とたんにサラ金系のコマーシャルが多くなった。
今もそうなのだろうか?
グレーゾーンの裁判でどんどん敗訴してつぶれるサラ金も出たが。
最後に一言、
***サラ金業者がすべて悪い訳ではないが***
「頑張る」「一人ではない」とか、最後の会社名まで聞かなければ
ウン、ウン、なんてつい同調してしまう。
しかし、最後の会社名が「アクマ」に聞こえるのは私だけでしょうか?
私の知合いが、返済が出来なくなって、家にサラ金からの電話が頻繁になって、どうしようもなくなって私に相談に来た。
顔色も悪く、何かに怯えたような表情。
すぐに県の消費生活相談センターに相談したら、
「クレサラ相談室」を紹介してくれた。
電話で予約を入れて、友人と一緒に「クレサラ相談室」に行った。
そこには、ひっきりなしに相談者の電話が入っていた。
そこで、司法書士さんを紹介された。
その頃司法書士の業務に多重債務処理が始まったばかりで、
料金は忘れたが、思ったより安価だったので、
私の知人もすぐにお願いして、
すぐに処理業務を始めてもらった。
後日、知人は、おかげで10年以上、悩んでいた借金が、債務処理のおかげで、お釣りまで来たと、喜びの声。
声も明るくなっていた。
もう2度と借金はしないほうが良いよ、と言ったけど、驚くなかれ、債務処理をした後から、
「借りませんか」と、勧誘や営業の電話やDMが来たそうだ。
***知人の最初の借金が何の為であったか、何が、どうして、借金をするはめになったのか、いまだに話してくれない。***
先日そんな話を同業者にしたところ、
「今、司法書士は多重債務処理景気に湧いていて、今すぐお願いしても、2・3ヶ月待たされるらしいよ」と。
お金は生きていくうえでなくてはならない。
だからと言って、安易に 借金すれば良いさ なんて考えないこと。
しかし、どうしても利用しなければならなくなったとき、
借金の返済で、自分の人生を押しつぶされてはいけない。
何とか解決の方法はある。
一人では情報も狭いが、信頼できる人に相談しよう。
専門家の門を叩いてみて。
しかし、テレビがまだ我が家で映っていた頃、
夜の10時を過ぎると、とたんにサラ金系のコマーシャルが多くなった。
今もそうなのだろうか?
グレーゾーンの裁判でどんどん敗訴してつぶれるサラ金も出たが。
最後に一言、
***サラ金業者がすべて悪い訳ではないが***
2007年12月10日
ほめる
ゆっぴの気まぐれ日記を読んで私も実行。
昨日のこと。
夕飯を食べながら、
夫に「ねえ、○○(夫の名前)のいいところは何かな・・・・
優しいよね、・・働き者だよね、・・顔も良いよね、・・・・」
20くらいいえるかなと思ったけど、8しか思い浮かばなかった。
しかし夫は、「それから、・・それから、・・次は、・・・そうか」
と、まんざらでもないような顔で、ニヤニヤ。
私のほうが照れてしまって、流しに立ってしまった。
何気ない話をしている時に、夫は時々、私に対して
「お前は頭が良いし、顔が可愛いし、・・・」なんて言うけど、(ホントか?)
ほめるのも、ほめられるのも、やはり照れるよね、
しかしなんとなく気持ちがホンワカ。
時々はほめて、ほめられてみよう。
昨日のこと。
夕飯を食べながら、
夫に「ねえ、○○(夫の名前)のいいところは何かな・・・・
優しいよね、・・働き者だよね、・・顔も良いよね、・・・・」
20くらいいえるかなと思ったけど、8しか思い浮かばなかった。
しかし夫は、「それから、・・それから、・・次は、・・・そうか」
と、まんざらでもないような顔で、ニヤニヤ。
私のほうが照れてしまって、流しに立ってしまった。
何気ない話をしている時に、夫は時々、私に対して
「お前は頭が良いし、顔が可愛いし、・・・」なんて言うけど、(ホントか?)
ほめるのも、ほめられるのも、やはり照れるよね、
しかしなんとなく気持ちがホンワカ。
時々はほめて、ほめられてみよう。



クオカード8,000円分が当たる!ローソン探検隊ブログ!
